寮に入って3ヶ月ほど経った頃でしょうか。
だんだん寮の生活にも、大阪にも、そして営業の仕事にも、少しずつではありますが慣れてきました。
あの寮での先輩たちとの毎夜の飲み会も、新人研修の間だけでした。
そんなある平日の夜、忘れられない事件が起こりました。
深夜、突然、大きな声が響きました。
「お前、人の部屋で何をしている!」
「ここは僕の部屋です! 先輩は3階です!」
「嘘をつくな!」
「……えっ?」
僕たちは、あまりの大きな声に飛び起きました。
「何が起きた?」
よく聞いてみると、その声の主は――寮長でした。
この寮長は、ウェイトリフティング部のキャプテンを務めていた人です。
身長は180cmを超え、体重は100キロを超えていました。
なぜ寮長の声だと分かったのか?
それは、この寮の部屋の壁がベニヤ板一枚で、非常に薄かったからです。
声は、左端の部屋からはっきりと聞こえてきました。
僕たちもすっかり目が覚めてしまい、
「いったい何があったんだ?」
と、ただ怖がりながら聞き耳を立てていました。

すると、今度は、
「止めてください!」
「うわぁー!」
「痛い!」

と、わけの分からない悲鳴のような声が響いてきました。
寮長の部屋は3階の左端。
そして、同期たちの部屋は2階の左端。
そうです。
完全に、階を間違えていたのです。
どうやら寮長は酔って帰ってきて、自分の部屋と間違えて、同期の部屋に入ってしまったようです。
寮長が酔って暴れたら、誰も止められないと思います。
部屋には鍵がありません。
いつでも誰でも入ってこられてしまうのです。
僕たちは、ただじっとして、事が収まるのをひたすら待ちました。
すると、ようやく自分が部屋を間違えたことに気付いたようで、寮長は自分の部屋へ戻っていきました。
ほんの一瞬の出来事でした……
しばらくして、僕たちはその部屋へ様子を見に行きました。
すると……
同期は上半身裸になっていました。
そして、背中が真っ赤になっていました。
寮長がベルトを外し、それで背中を打ったそうです。

後から、寮長と同じ部に所属していた同期に聞いた話があります。
寮長は、営業の成績が悪いと、小さくなって、上司からこっぴどく怒られるのだそうです。
そんな日は、香里園の馴染みの居酒屋で一人で飲むのだとか。
この事件以来、
「今日、会社で寮長が怒られていた」
という情報が寮内に回ると、
「警戒警報発令!」
というような空気が寮全体に広がりました。
そんな時はみんな、夜になると少し身構えるのです。
結局、このような事件は、僕が清風寮にいた4年間で、この一度だけでした。
それでも、寮生活の中で、もっとも怖かった思い出です。
あの深夜に聞いた同期の悲鳴は、今でも忘れられません。


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