清風寮物語⑤「寮長が打つ、深夜の鞭」

昭和物語

寮に入って3ヶ月ほど経った頃でしょうか。

だんだん寮の生活にも、大阪にも、そして営業の仕事にも、少しずつではありますが慣れてきました。

あの寮での先輩たちとの毎夜の飲み会も、新人研修の間だけでした。

そんなある平日の夜、忘れられない事件が起こりました。

深夜、突然、大きな声が響きました。

「お前、人の部屋で何をしている!」

「ここは僕の部屋です! 先輩は3階です!」

「嘘をつくな!」

「……えっ?」

僕たちは、あまりの大きな声に飛び起きました。

「何が起きた?」

よく聞いてみると、その声の主は――寮長でした。

この寮長は、ウェイトリフティング部のキャプテンを務めていた人です。

身長は180cmを超え、体重は100キロを超えていました。

なぜ寮長の声だと分かったのか?

それは、この寮の部屋の壁がベニヤ板一枚で、非常に薄かったからです。

声は、左端の部屋からはっきりと聞こえてきました。

僕たちもすっかり目が覚めてしまい、

「いったい何があったんだ?」

と、ただ怖がりながら聞き耳を立てていました。

すると、今度は、

「止めてください!」

「うわぁー!」

「痛い!」

と、わけの分からない悲鳴のような声が響いてきました。

寮長の部屋は3階の左端。

そして、同期たちの部屋は2階の左端。

そうです。

完全に、階を間違えていたのです。

どうやら寮長は酔って帰ってきて、自分の部屋と間違えて、同期の部屋に入ってしまったようです。

寮長が酔って暴れたら、誰も止められないと思います。

部屋には鍵がありません。

いつでも誰でも入ってこられてしまうのです。

僕たちは、ただじっとして、事が収まるのをひたすら待ちました。

すると、ようやく自分が部屋を間違えたことに気付いたようで、寮長は自分の部屋へ戻っていきました。

ほんの一瞬の出来事でした……

しばらくして、僕たちはその部屋へ様子を見に行きました。

すると……

同期は上半身裸になっていました。

そして、背中が真っ赤になっていました。

寮長がベルトを外し、それで背中を打ったそうです。

後から、寮長と同じ部に所属していた同期に聞いた話があります。

寮長は、営業の成績が悪いと、小さくなって、上司からこっぴどく怒られるのだそうです。

そんな日は、香里園の馴染みの居酒屋で一人で飲むのだとか。

この事件以来、

「今日、会社で寮長が怒られていた」

という情報が寮内に回ると、

「警戒警報発令!」

というような空気が寮全体に広がりました。

そんな時はみんな、夜になると少し身構えるのです。

結局、このような事件は、僕が清風寮にいた4年間で、この一度だけでした。

それでも、寮生活の中で、もっとも怖かった思い出です。

あの深夜に聞いた同期の悲鳴は、今でも忘れられません。

コメント

タイトルとURLをコピーしました