清風寮物語の第三弾。
今回は、
「赤茶風呂事件」
をお届けします。
第二弾では、一か月に及ぶ新人研修と、そこで繰り広げられていた「夜の飲み会」の話を書きました。
新人研修中は、とにかく毎晩のお酒で、心身ともにクタクタ。
そんな研修期間のある日、僕はとうとう、
「今日は誰とも飲みに行かない!」
と決めました。
とにかく風呂に入って、ゆっくりしたかったのです。
今日は一人でゆっくりしたい
研修は17時30分にきっちり終わります。
急いで電車に乗れば、18時過ぎには清風寮に着きます。
その日は金曜日だったと思います。
みんなはそれぞれ飲みに行ったようで、僕も誘われましたが、すべて断りました。
「今日は早く帰って風呂に入って、ゆっくりしよう。」
そう思って寮に帰りました。
すると、その日は僕が寮に一番乗り。
お風呂にも、まだ誰も入っていません。
「一番風呂だ!」
僕は、ゆっくり一人で風呂に入ることにしました。
ところが、お湯が熱いなってもんじゃありません。
熱湯風呂ってこんな感じじゃないか?と思ったくらいです。
清風寮のお風呂は、湯船に水を溜めてから、それを沸かすシステムです。
そのお風呂を沸かすのは、寮の管理人のおじさんの仕事でした。
たぶん、当時もう70歳を過ぎていたと思います。
このおじさん、たまにお風呂を沸かしていることを忘れるのです。
この日もそうでした。
お風呂に入ろうとした僕は、
「熱っーい!!」
と思わず声が出ました。
50℃以上あるんじゃないか?
と思うほど熱い。
とても入れる温度ではありません。
そこで僕は、
「とにかく、水を入れよう。」
と、水道の蛇口をひねりました。
すると――
するとですよ!!
蛇口から「赤い水」が!
蛇口から出てきたのは……
水ではありません。
赤い水です。
しかも、ものすごい勢いで出てきます。
「えっ!?」
と思っている間にも、
湯船はどんどん赤茶色になっていきます。
昭和の古い建物では、水道管が錆びていて、最初の1~2分は水を出しっぱなしにしてから使うことがありました。
でもそれは、僕が小さい頃の話で、もうあまり見たことがありませんでした。
でも――
まさか、この寮がそうだったとは!!
誰からも聞いていません。
僕はただ、温度を下げたかっただけです。
ところが、
お風呂が、あっという間に赤茶色。
「どうしよう……」
僕はしばらく呆然としてしまいました。
風呂はこのあと49人、入ります。
でも、その時は寮に僕しかいません。
「誰にもバレないんじゃないか?」
そう思った僕は、
逃げました・・・
とにかく急いで風呂場から出ました。
そして、香里園にある銭湯へ行きました。
「今日は銭湯に入ろう。」
という、実に健全な判断です。
銭湯でゆっくりお風呂に入り、その帰りにひとりで居酒屋へ行きました。
ビールとつまみを食べながら、時間を潰しました。
「もうそろそろ大丈夫かな?」
そう思って、寮に戻ります。
ところが――
寮では・・・・
犯人捜しが始まっていた
寮に戻ると、一階の風呂場から何やら声が聞こえます。
先輩たちが集まっています。
そして、
「誰だ、やったのは?」
という声が聞こえてきます。
どうやら、赤茶色のお風呂がバレました・・・
僕は何食わぬ顔をして、
「今、帰ってきました」
という顔をして、さっと自分の部屋に戻りました。
その日は、みんな湯船には入らず、シャワーだけだったそうです。
40年以上経って、初めて告白します
この話……
今まで誰にも言っていませんでした。
だから、ここで初めて告白します。
あの赤茶風呂事件の犯人は、僕です。
でも、信じてください。
僕は、あの蛇口からあんなに錆びた水が出てくるなんて、知らなかったんです!
僕はただ、
「今日はゆっくり風呂に入って休みたい」
と思って、早く帰っただけなんです。
ところが結局、
赤茶風呂になってしまった
↓
銭湯へ逃げる
↓
居酒屋で時間を潰す
↓
寮に戻ってみると犯人捜しは思ったらより大事になっている
という、かえって疲れた一日になってしまいました。
60代になって思うこと
今思えば、あの頃の清風寮では、本当にいろいろなことがありました。
たくさんお酒を飲まされて、研修では寝て、女子社員には嫌われ、そして今度はお風呂まで赤茶色にしてしまった。
それでも、40年以上経った今になると、
全部、笑って話せる思い出です。
そして今回のブログを書くまで、
「あの赤茶風呂の犯人は僕だった」
ということを、ずっと黙っていました。
と言うよりも
ブログで清風寮物語を思い出していた時に、思い出しました!
ということで……
清風寮の先輩、同期の皆さん。
本当にすみませんでした。
PS.
後日知ったのですが、犯人は管理人さんということになっていました。
管理人さん、本当に申し訳ありませんでした。


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